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8月末から9月初旬かけてモスクワとサンクトペテルブルグを訪れました。両都市とも気温はすでに10度を下回っていましたが、原油と天然ガスの莫大な輸出収入による好景気のなか、ロシア国民の消費熱は留まるところを知らず、いたるところに自動車、家電、化粧品、高級ブランド服などの宣伝広告があふれていました。

無数の商業広告のなかに、ちょっと異質なポスターがありました。白赤黄の3色旗と白赤青のそれが結ばれているシンプルなイラストの下には「ツヒンバリよ、われわれはいつも一緒だ」というコピー。白赤黄の3色旗は南オセチア州の旗で、ツヒンバリは同州の州都。すなわち「南オセチアとロシアは固く結ばれている」とのメッセージが込められているのです。

地元の「モスコー・タイムズ」紙では、グルジアからの独立をロシアに承認された南オセチア州の人々の喜ぶ写真がトップを飾っていました。それが、今年2月にセルビア共和国から独立宣言を果たしたときのコソボ自治州のアルバニア人の姿とそっくり。コソボのセルビアからの独立を支持したのは欧米諸国です。親セルビアのロシアは反対したが、最終的には欧米の主張する民族自決の原則に従った。ならば南オセチアのグルジアからの独立も、欧米は認めるべきである――というのがロシアの論理です。

先日、アメリカのチェイニー副大統領がグルジアのサーカシビリ大統領を訪問し、グルジアのNATO加盟を支持しました。チェイニー副大統領の言動をみると、彼はどうしても「冷戦」を復活させたいらしい。一方、同じ加盟国であるドイツはロシアを過度に挑発するのを避けており、NATO内では温度差がある。冷戦構造の復活というよりも、世界はもっと複雑になっていると思います。

ロシアにしてみれば、NATOの姿勢は傲慢に映るのでしょう。グルジアやウクライナなど旧ソ連諸国を引き入れようとするからだけではなく、アフガニスタンで展開するNATO指揮のISAF(国際治安支援部隊)の活動も、かなり危なっかしく見える。

ロシアは、1979~1989年のアフガニスタン侵攻の失敗を経験しています。かつてソ連が社会主義を守ろうと、世界有数の軍隊を派遣しましたが、その結果はどうだったか。戦争の長期化によってソ連経済は疲弊し、帰還兵士の多くがPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苛まれました。

当時のソ連はアフガニスタン・ゲリラを「社会主義の敵」と呼び、いま西側諸国は自分たちの活動を「テロとの戦い」と称しています。まるでデジャブのような歴史の繰り返し。それに気づいたのか、自国兵士をアフガニスタンに派遣し、すでに死者を出しているドイツでは、撤退すべきとの世論が高まっています。

ペシャワールの会の伊藤さんの死の原因には、NATOの強引なテロ掃討作戦によるアフガニスタンの人々の反発があることは否めません。それなのに「やはりペルシャ湾での給油活動は大事」(与党議員)や「民間人を守るためにも自衛隊のアフガニスタン派遣は必要」(野党幹部)と言ってしまう思考の浅薄さは、「給油活動を持続したい」「自衛隊を派遣したい」という政治的意図からでしょうが、机上の論理をいじる人は、現実に対してもう少し謙虚であってほしい。

ロシアでは日本車がよく売れています。モスクワで開かれたモーターショーでは、マツダや三菱自動車が自社の最新型モデルを世界に先駆けて披露しました。

日本とは歴史的、政治的に決して関係がいいとはいえないロシアですが、一般国民は日本贔屓が多い。これはソ連時代からで、国営メディアはアメリカの批判はしても、日本についての報道は「日本国民は敗戦後、一生懸命働いて、経済を復興させた(だから私たちもがんばりましょう)」といったトーンが多かった。「それは日米の関係を分断させる作戦さ」と訳知り顔で言う人もいますが、日本は1960年代までソ連にとって西側最大の貿易パートナーであり、アメリカがいい顔をしなくても、ソ連との商売を続けてきたのです。

そうした積み重ねもあって、「メイド・イン・ジャパン」はロシアでとても評価が高い。サンクトペテルブルグでは昨年末よりトヨタの現地工場が「カムリ」を生産しているのですが、「ロシアでつくられたカムリではなく、日本でつくられたカムリじゃなくてはだめ」という消費者もいるほど。

こんな日本ブームが2000年代に入ってから続いているというのに、日本政府はロシア外交を積極的に進めているようには見えません。北方領土問題についても「4島一括返還」の原理原則に固執するだけで、すっかり内向きになっている――そんなことを考えながら、帰りのフライトで配られた日本の新聞を手にすると、一面に「福田首相辞任」の見出しが躍っていました。
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