毎週水曜更新の『マガジン9条』です。
この日曜日、またもや唖然な事件がありました。
その「秋葉原の無差別殺人事件」のことについて
今週、ふたつの記事で触れています。
ひとつは、「とうとうこういう事件が起きてしまったか」と
語りだす【雨宮処凛がゆく!】、
もうひとつは、先週からはじまった【週間つぶやき日記】
です。ぜひお読みください。
さて、今週の「マガジン9条」は、
【この人に聞きたい】は、フォークシンガーの小室等さんが登場。
1960年代に始まる日本のフォークブームを、
ご自身の歩みと重ねながら振り返っていただきました。
【伊藤真のけんぽう手習い塾】は、「憲法9条愛国主義」。
えっ、9条と愛国主義?
相反する価値観のように思えるこの二つですが・・・。
塾長が、画期的な提案をしています。
先頃出された、婚外子違憲判決から考えます。
【雨宮処凜がゆく!】は、秋葉原で起こった無差別殺人事件について。
雨宮さんがこれまで見聞きしてきた
「現場」や取材してきたケース。
そこで起こっていることと、
今回の事件の犯人をそこに追いつめたものは、
決して無関係ではないはず。
【癒しの島 沖縄の深層】は、
前回取り上げた沖縄県議会選挙のその後を。
与野党逆転の結果が、沖縄県政にもたらすものとは?
【やまねこムラだより】は、「福田康夫総理を支持する」。
内閣支持率が低迷する今、辻村さんがそう言い切る理由って?
【マガ9レビュー】は、オリバー・ストーン監督が
キューバの指導者・カストロへのインタビューを試みた
ドキュメンタリー映画「コマンダンテ」を取り上げます。
【週間つぶやき日記】は、国籍法をめぐる最高裁判決、
散歩の途中で出会った「幸運」、自衛隊の海外派遣など、
いろんなテーマでつぶやいています。
その他【みんなのこえ】【お知らせメモ】も更新しています。
それでは、今週もじっくりとお読みください。
(水島さつき)
この日曜日、またもや唖然な事件がありました。
その「秋葉原の無差別殺人事件」のことについて
今週、ふたつの記事で触れています。
ひとつは、「とうとうこういう事件が起きてしまったか」と
語りだす【雨宮処凛がゆく!】、
もうひとつは、先週からはじまった【週間つぶやき日記】
です。ぜひお読みください。
さて、今週の「マガジン9条」は、
【この人に聞きたい】は、フォークシンガーの小室等さんが登場。
1960年代に始まる日本のフォークブームを、
ご自身の歩みと重ねながら振り返っていただきました。
【伊藤真のけんぽう手習い塾】は、「憲法9条愛国主義」。
えっ、9条と愛国主義?
相反する価値観のように思えるこの二つですが・・・。
塾長が、画期的な提案をしています。
先頃出された、婚外子違憲判決から考えます。
【雨宮処凜がゆく!】は、秋葉原で起こった無差別殺人事件について。
雨宮さんがこれまで見聞きしてきた
「現場」や取材してきたケース。
そこで起こっていることと、
今回の事件の犯人をそこに追いつめたものは、
決して無関係ではないはず。
【癒しの島 沖縄の深層】は、
前回取り上げた沖縄県議会選挙のその後を。
与野党逆転の結果が、沖縄県政にもたらすものとは?
【やまねこムラだより】は、「福田康夫総理を支持する」。
内閣支持率が低迷する今、辻村さんがそう言い切る理由って?
【マガ9レビュー】は、オリバー・ストーン監督が
キューバの指導者・カストロへのインタビューを試みた
ドキュメンタリー映画「コマンダンテ」を取り上げます。
【週間つぶやき日記】は、国籍法をめぐる最高裁判決、
散歩の途中で出会った「幸運」、自衛隊の海外派遣など、
いろんなテーマでつぶやいています。
その他【みんなのこえ】【お知らせメモ】も更新しています。
それでは、今週もじっくりとお読みください。
(水島さつき)
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憲法愛国主義とはなにか
今回の投稿は、憲法愛国主義についての客観的な判断材料を提供することを第一の目的として執筆いたします。
憲法愛国主義とは、ドイツの社会学者、哲学者である、ユルゲン・ハーバーマス(Jürgen Habermas)によって提唱されたものである。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、「『国民に承認され、擬制された憲法を尊重せよ』とする憲法愛国主義を提唱した。」と簡潔に紹介されている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%AB%E3%82%B2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%B9
また、法政大学法学部教授の杉田敦氏は『これが憲法だ!』(朝日新書)にて、憲法愛国主義に関する以下の発言をした。
「ドイツなどで、憲法愛国主義、憲法パトリオティズムということが言われていますね。愛国主義を偏狭なナショナリズムに結びつけるのではなく、当事者性を意識するものとしてとらえ直し、人びとの憲法や国家に対する積極的な関与の回路として考えよう、という新しい潮流です。日本でもそうした言い方をする方はいますし、従来の護憲論も結局はそういうものだったんじゃないか。そうやって再生できるんじゃないか。」
さて、上記までの内容では漠然として、憲法愛国主義を捉えることは難しいであろう。
そこで仲正昌樹氏の著作「日本とドイツ 二つの戦後思想」の一文を引用したい。
しかし、その前に、憲法愛国主義が提唱されたきっかけとなった、ドイツの「歴史家論争」について簡単に説明しよう。
この「歴史家論争」とは、1986年夏から1987年末にかけて起こった大論争である。論争のきっかけは、86年6月に保守系の歴史学者エルンスト・ノルテの論文『過ぎ去ろうとしない過去』にて、ドイツの左派知識人が「ナチズムの過去」をあまりにも特別視し、ドイツは決してこの過去の呪縛から解き放たれることがないかのような語り方をすることを皮肉り、「ナチズムの過去」も他の歴史的過去と同じレベルで客観的に語れるようにすべきだと主張したことから始まったものである。これらの一連の流れについて、静岡大学の丸山佳佑氏の卒論に簡潔に記述されているので、参考までに紹介する。
http://www.ia.inf.shizuoka.ac.jp/~nakao/thesis/maruyama/M-3.html
そして、これら右派の挑戦に対し、リベラル左派の代表的な論客でもあるハーバーマスは当然ながら問題視した。ハーバーマスはこれら修正主義の背後には、ホロコーストによって中断されてしまったとされている、ドイツ国民の歴史的アイデンティティを復活させようとする”意図”があると看做し、問題としたのである。
さて、ここから「日本とドイツ 二つの戦後思想」の一文を引用する。
(※仲正氏はハーバーマスを、「ハーバマス」と記しております。)
(P100より引用)
…ホロコーストでさえ、他の国の歴史にも似たような事例を見出すことのできる「歴史上の一つの出来事」として相対化できたとすれば、ドイツ近代史の中のポジティヴな要素を掬い出し、それをもとにして。ドイツ国民のアイデンティティを再確立することが可能になるかもしれない。そうしたナショナリスティックな期待が、修正主義の背後に働いているとハーバマスは見たわけである。ただしノルテたち自身は、そうした政治的意図を前面に出すのは不利と見て、ナショナル・アイデンティティをめぐる真正面からの議論は巧みに回避しているので、論争の字面だけからでは、彼らとハーバマスの間の対立軸はやや見えにくくなっている。
「憲法愛国主義」と「護憲平和」
国民的アイデンティティの歴史的形態へとドイツが回帰することに対して警戒感を抱くハーバマスは、国民の政治的アイデンティティに関する自らの立場を「憲法愛国主義」と呼ぶ。憲法愛国主義というのは、その名の通り、「国(家)を愛する」ことを奨励する思想であるが、「愛する」根拠となるのは、文化的・言語的共同体としての「国民」が共有する歴史や伝統、慣習などではない。そのような政治”以前”の要因ではなくて、自らが現に属している「国家」の政治的な体制を定めている「憲法」の基本理念に対する同意と忠誠心こそが、「国を愛する」根拠となるべきである、という考え方である。
何故「憲法」が重要かといえば、「憲法=国家体制Verfassung」は、少なくとも形式的には、それを選んだ人民(国民)の政治的な「合意」に基づいているからである。自分たちが自覚的に選んだルールに対しては忠実でなければならないが、明確に選択したわけでもない、単なる慣習に縛られるいわれはない。
ドイツ連邦共和国の「基本法」には、市民の政治的・経済的な自由の他に、抵抗権の明記、難民に対する庇護、憲法裁判所の設置、小政党の分立による政局の不安定化を防ぐための内閣不信任案提出の条件……などの特徴がある。それらの基本的な法規範は、「共和国」を構成する政治的共同体としての「国民」が、自らの意志で選択したものである。それまでの伝統から独立に、自らが主体的に選んだ「国家の在り方」に対する愛着を基礎として芽生えてくるアイデンティティを、ハーバマスはポスト伝統的アイデンティティと呼ぶ。
ドイツの「国民」論の原型を作った歴史学者のマイネッケ(1862-1954)、『世界市民主義と国民国家』(1907)の中で、ヨーロッパの「国民Nation」という概念には、文化・歴史・言語を共有する共同体であることを指す「文化国家」と、一つの国家を共有し、その法・政治制度に従っている共同体であることを指す「国民国家」の二つの意味が含まれていると論じているが、ハーバマスは前者の意味を全面的に切り捨てる形で、それまでの伝統に拘束されない純粋な「国民国家」としての在り方を模索していると言える。「国民国家」の結束力を維持していくための原動力になるのが、自らの「憲法」に対する誇りに基づく「憲法愛国主義」の思想と考えればいいだろう。
無論、「(国家)国民」としての政治的なアイデンティティから伝統的な要素を切り離すというのは、それほどやさしいことではない。そもそも「伝統」というのは、切り離そうと決意したからといって、すぐに分離できるわけではない。
マイネッケが「国民国家」の典型として挙げているフランスは、1789年の革命以来、何度か「憲法=国家体制」を変更しており。その都度、新たな政治文化が形成され、国家と国民の関係も変化してきた。しかし、例えそうだとしても、フランス語・フランス文化に対する愛着、カトリック教会に対する信仰、フランク王国以来の歴史的伝統を継承しているという自負心などの伝統的な要因がなければ、あれだけの「国民」としての団結を示すことはできないはずである。
アメリカのようにもともと植民地にできた多民族国家であっても、一つの土地に定着し、共同体を作って一緒に生活している内に、様々な――必ずしも明確にルール化されていない――伝統・慣習が育成され、それが公式的な政治や法に一定の制約を与えるようになる。「国民国家」の「文化国家」化が起こってくるわけである。日本のように、天皇制という伝統的な要素を、新しく制定した「憲法」に取り入れている国家もある。ほとんどの実在する国家にとって、純粋に「憲法愛国主義」だけで成立する国民的アイデンティティというのは、想像しにくい。政治と文化を、明確に分けることはできない。
しかし、ナチズムに繫がる一切の過去の伝統を断ち切ることを、国家創設に際しての目標として掲げた西ドイツの場合、前政治的な伝統に依拠できる”普通の国”とは事情が異なる。これまで述べてきたように、西ドイツの建国は、「ホロコーストに対する反省」と不可分である。ナチズムが復活しないように、その源泉になりそうなドイツ的なナショナリズムへの道を封じてしまうために、新しい枠組みとして「基本法」を採用したと見ることさえできる。
文化的に見れば、ドイツは依然として、ドイツ語を話し、ゲーテの文学、カントの哲学、ベートーヴェンの音楽に愛着を持つ人びとの共同体であるが、(そうした国民的文化とどこかで結びついているかもしれない)民族イデオロギー的な要素を、「政治」の舞台に持ち込んではならないという“コンセンサス”が長年にわたって成立していたと見ることができる。
無論、現実の政治制度では、官僚機構などの面で戦前と継続している部分は少なからず残されていたが、少なくとも理念的には「非ナチ化」が戦後ドイツ政治の一貫した課題となっていた。保守系の政治家や知識人でさえ、ナチス時代の政治文化を部分的にでも肯定するかのような言動は回避してきた。ナチス=第三帝国のモデルになったとされるビスマルクの第二帝国についてさえ、肯定的に語るのは難しかった。ホロコーストという歴史的事実の重みがあるがゆえに、ナチズムを排するものとしての、現在の「憲法=国家体制」を愛し守っていこうとする論理が成立していたのである。
ハーバマスがノルテたちの修正主義を危険視するのは、これまで憲法愛国主義を機能させてきた、ホロコーストの重みを軽くして、戦争前の伝統的なアイデンティティを復活させようとしているように見えたからである。ハーバマスの憲法愛国主義にとって、ホロコーストの過去を歴史的に唯一的な出来事として記憶し続けることは、道徳的・倫理的な次元の問題にとどまらず、共和国の「憲法=国家体制」を防衛するという極めて政治的な意味を持っていたのである。こうした彼の考え方は、非ナチ化された国家の下で育ってきた(西欧型の)市民社会を守っていこうとするドイツのリベラル左派の信条を、哲学的に定式化し直したものと見ることができる。
このように、国民が選んだ――ということに少なくとも、形式的にはなっている――憲法を守ることをアイデンティティの基礎にしようとしている点に注目すれば、ハーバマスに代表されるドイツのリベラル左派の憲法愛国主義は、日本の革新勢力、社会党(現、社民党)や共産党が掲げてきた「護憲平和主義」と似ているようにも見える。確かに、憲法を基点にして左の側からの愛国心を立ち上げようとしている点は共通しているのだが、両者の間には大きな違いがある。それは、憲法愛国主義が、ナチズムの過去との決別に重点を置いているのに対して、護憲平和主義は、大日本帝国との決別よりも、むしろ憲法九条の戦争放棄に重点を置いていることである――ドイツの基本法では、国防軍の役割が明記されている。侵略戦争を引き起こした体制の復活に反対するのと、侵略戦争事態に反対するのは、“結果”的に同じことのようにも思えるが、その“結果”の背後にある思想はかなり異なっている。
すでに述べたように、日本国憲法では、戦前の「国のかたち」の最も核心的な部分としての天皇制が維持されており、日本の革新勢力が「護憲」を主張すれば、不可避的に、旧体制の痕跡をも保護する立場になってしまう。特に共産党は明確に天皇制に反対しているので、これは明らかに矛盾である。無論、革新政党の側には、そうせざるを得ない理由はある。少しでも「改憲」の可能性を示唆すれば、政権を握っている保守与党の側に、日本国憲法を平和憲法たらしめている九条を改正することを主目的とする「改憲」論議を書き精する為の口実を与えてしまうので、天皇制のことを黙認するという戦略を取るしかない、と彼らは一貫して主張してきた。彼らの価値判断として、九条を守ることが、天皇制を廃止して、過去と決別することよりも重要であったのである。
それだけではない。九条改正へと発展することを恐れる革新勢力は、あらゆる憲法条文の改正の可能性を拒絶するという態度を取ってきた。吉田茂(1878-1967)の流れを汲む保守主流派の間にも、自ら軍事力を行使して国の威信を示すよりも、アメリカの傘の下で経済成長に専念したほうが得策であるという考え方が強かったせいで、左右同床異夢の「九条を最優先しての護憲」という図式が今日に至るまで続いている。ドイツの場合、「基本法」の骨格は守りながらも内外の情勢に対応して部分的な改憲を何度も行っているので、特定の条文を神聖視するあまり、他の部分についても一語一句たりともいじってはならない、という意味の“護憲”はあり得ない。
こうした日本独自の文脈で形成された「護憲」の思想は、良く言えば、絶対的に「平和」に徹しているが、悪く言えば、一国平和主義である。たとえば日本の伝統的な「国のかたち」を温存することになったとしても、結果的に戦争に巻き込まれなかったら、それでいいわけである。韓国や中国が、日本における軍国主義の復活を警戒しているせいもあって、これまで、一国平和主義がうまく機能してきた。四十年にわたって東西対立の最前線にあり、周辺で戦争が起これば絶対に巻き込まれてしまう位置のあったドイツでは、たとえ左派でも、一国平和主義的な立場を取ることが困難だった。(引用終了)
まとめと解説
憲法愛国主義とは以下のようなものであるといえよう。
・憲法愛国主義は、少なくともドイツの「基本法」に基づいた憲法論によって、明確に立証可能な考え方である。
・憲法愛国主義は、ナチスと決別し(西欧型の)市民社会を成立させた戦後ドイツ国家体制を、愛し守り抜こうとする考え方である。
・憲法愛国主義は「私たち=国民」の合意に基づいて制定された「憲法=国家体制」に対して、「私たち=国民」は忠誠心を尽くすということが中核である。
・憲法愛国主義は伝統的アイデンティティを否定し、国民が国家制度を主体的に選択し、その合意に忠誠を示す国民的アイデンティティを肯定するものであり、これをハーバーマスはポスト伝統的アイデンティティと呼ぶ。
・憲法愛国主義の下でも、憲法改正は可能である。
さて、伊藤真塾長のおっしゃるように、ハーバーマスの憲法愛国主義を完全になぞって日本に「憲法9条愛国主義」を実現させるとなると、現実には大変な困難が予想される。つまり、以下のようなことを実現させなければならないであろう。
・日本国民による日本国憲法の全条項の信任・不信任投票。(憲法愛国主義は国民による意思の反映が大前提であるため)
・天皇制の廃止。(憲法愛国主義は伝統的アイデンティティを否定している為)
・憲法9条を国民的アイデンティティにすることに対する信任・不信任投票。
以上を実行して、憲法9条が改廃する、または天皇制が温存される、あるいは憲法9条を国民のアイデンティティにすることを否決されてしまったのならば、憲法9条愛国主義はオシャカである。とはいえ、少なくとも鈴木邦男氏の協力を仰ぐことは、些か難しいであろう。
また、憲法愛国主義を提唱するハーバーマスは、左派の側から明確に国家像、国家体制、国のかたちというべきものを定義している。つまり国家という概念を前提に論述しているのである。その一方で伊藤塾長は、「私は、特定の国家への帰属を意味する国籍や国民という概念自体、最終的には不要になればいいと思っていますが」というようにいわばアナーキズム的な理想を抱いている。
勿論、思想を語ることは各々の自由であるのだが、私が見る限り、伊藤塾長には「日本の国家体制とはこうである」という強いヴィジョンがみられない。これが国家という概念を前提にするか、それとも不要とするかの違いの表れなのであろう。
だが、それでは「愛国主義」は語れないのではないだろうか?
憲法愛国主義とは、ドイツの社会学者、哲学者である、ユルゲン・ハーバーマス(Jürgen Habermas)によって提唱されたものである。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、「『国民に承認され、擬制された憲法を尊重せよ』とする憲法愛国主義を提唱した。」と簡潔に紹介されている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%AB%E3%82%B2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%B9
また、法政大学法学部教授の杉田敦氏は『これが憲法だ!』(朝日新書)にて、憲法愛国主義に関する以下の発言をした。
「ドイツなどで、憲法愛国主義、憲法パトリオティズムということが言われていますね。愛国主義を偏狭なナショナリズムに結びつけるのではなく、当事者性を意識するものとしてとらえ直し、人びとの憲法や国家に対する積極的な関与の回路として考えよう、という新しい潮流です。日本でもそうした言い方をする方はいますし、従来の護憲論も結局はそういうものだったんじゃないか。そうやって再生できるんじゃないか。」
さて、上記までの内容では漠然として、憲法愛国主義を捉えることは難しいであろう。
そこで仲正昌樹氏の著作「日本とドイツ 二つの戦後思想」の一文を引用したい。
しかし、その前に、憲法愛国主義が提唱されたきっかけとなった、ドイツの「歴史家論争」について簡単に説明しよう。
この「歴史家論争」とは、1986年夏から1987年末にかけて起こった大論争である。論争のきっかけは、86年6月に保守系の歴史学者エルンスト・ノルテの論文『過ぎ去ろうとしない過去』にて、ドイツの左派知識人が「ナチズムの過去」をあまりにも特別視し、ドイツは決してこの過去の呪縛から解き放たれることがないかのような語り方をすることを皮肉り、「ナチズムの過去」も他の歴史的過去と同じレベルで客観的に語れるようにすべきだと主張したことから始まったものである。これらの一連の流れについて、静岡大学の丸山佳佑氏の卒論に簡潔に記述されているので、参考までに紹介する。
http://www.ia.inf.shizuoka.ac.jp/~nakao/thesis/maruyama/M-3.html
そして、これら右派の挑戦に対し、リベラル左派の代表的な論客でもあるハーバーマスは当然ながら問題視した。ハーバーマスはこれら修正主義の背後には、ホロコーストによって中断されてしまったとされている、ドイツ国民の歴史的アイデンティティを復活させようとする”意図”があると看做し、問題としたのである。
さて、ここから「日本とドイツ 二つの戦後思想」の一文を引用する。
(※仲正氏はハーバーマスを、「ハーバマス」と記しております。)
(P100より引用)
…ホロコーストでさえ、他の国の歴史にも似たような事例を見出すことのできる「歴史上の一つの出来事」として相対化できたとすれば、ドイツ近代史の中のポジティヴな要素を掬い出し、それをもとにして。ドイツ国民のアイデンティティを再確立することが可能になるかもしれない。そうしたナショナリスティックな期待が、修正主義の背後に働いているとハーバマスは見たわけである。ただしノルテたち自身は、そうした政治的意図を前面に出すのは不利と見て、ナショナル・アイデンティティをめぐる真正面からの議論は巧みに回避しているので、論争の字面だけからでは、彼らとハーバマスの間の対立軸はやや見えにくくなっている。
「憲法愛国主義」と「護憲平和」
国民的アイデンティティの歴史的形態へとドイツが回帰することに対して警戒感を抱くハーバマスは、国民の政治的アイデンティティに関する自らの立場を「憲法愛国主義」と呼ぶ。憲法愛国主義というのは、その名の通り、「国(家)を愛する」ことを奨励する思想であるが、「愛する」根拠となるのは、文化的・言語的共同体としての「国民」が共有する歴史や伝統、慣習などではない。そのような政治”以前”の要因ではなくて、自らが現に属している「国家」の政治的な体制を定めている「憲法」の基本理念に対する同意と忠誠心こそが、「国を愛する」根拠となるべきである、という考え方である。
何故「憲法」が重要かといえば、「憲法=国家体制Verfassung」は、少なくとも形式的には、それを選んだ人民(国民)の政治的な「合意」に基づいているからである。自分たちが自覚的に選んだルールに対しては忠実でなければならないが、明確に選択したわけでもない、単なる慣習に縛られるいわれはない。
ドイツ連邦共和国の「基本法」には、市民の政治的・経済的な自由の他に、抵抗権の明記、難民に対する庇護、憲法裁判所の設置、小政党の分立による政局の不安定化を防ぐための内閣不信任案提出の条件……などの特徴がある。それらの基本的な法規範は、「共和国」を構成する政治的共同体としての「国民」が、自らの意志で選択したものである。それまでの伝統から独立に、自らが主体的に選んだ「国家の在り方」に対する愛着を基礎として芽生えてくるアイデンティティを、ハーバマスはポスト伝統的アイデンティティと呼ぶ。
ドイツの「国民」論の原型を作った歴史学者のマイネッケ(1862-1954)、『世界市民主義と国民国家』(1907)の中で、ヨーロッパの「国民Nation」という概念には、文化・歴史・言語を共有する共同体であることを指す「文化国家」と、一つの国家を共有し、その法・政治制度に従っている共同体であることを指す「国民国家」の二つの意味が含まれていると論じているが、ハーバマスは前者の意味を全面的に切り捨てる形で、それまでの伝統に拘束されない純粋な「国民国家」としての在り方を模索していると言える。「国民国家」の結束力を維持していくための原動力になるのが、自らの「憲法」に対する誇りに基づく「憲法愛国主義」の思想と考えればいいだろう。
無論、「(国家)国民」としての政治的なアイデンティティから伝統的な要素を切り離すというのは、それほどやさしいことではない。そもそも「伝統」というのは、切り離そうと決意したからといって、すぐに分離できるわけではない。
マイネッケが「国民国家」の典型として挙げているフランスは、1789年の革命以来、何度か「憲法=国家体制」を変更しており。その都度、新たな政治文化が形成され、国家と国民の関係も変化してきた。しかし、例えそうだとしても、フランス語・フランス文化に対する愛着、カトリック教会に対する信仰、フランク王国以来の歴史的伝統を継承しているという自負心などの伝統的な要因がなければ、あれだけの「国民」としての団結を示すことはできないはずである。
アメリカのようにもともと植民地にできた多民族国家であっても、一つの土地に定着し、共同体を作って一緒に生活している内に、様々な――必ずしも明確にルール化されていない――伝統・慣習が育成され、それが公式的な政治や法に一定の制約を与えるようになる。「国民国家」の「文化国家」化が起こってくるわけである。日本のように、天皇制という伝統的な要素を、新しく制定した「憲法」に取り入れている国家もある。ほとんどの実在する国家にとって、純粋に「憲法愛国主義」だけで成立する国民的アイデンティティというのは、想像しにくい。政治と文化を、明確に分けることはできない。
しかし、ナチズムに繫がる一切の過去の伝統を断ち切ることを、国家創設に際しての目標として掲げた西ドイツの場合、前政治的な伝統に依拠できる”普通の国”とは事情が異なる。これまで述べてきたように、西ドイツの建国は、「ホロコーストに対する反省」と不可分である。ナチズムが復活しないように、その源泉になりそうなドイツ的なナショナリズムへの道を封じてしまうために、新しい枠組みとして「基本法」を採用したと見ることさえできる。
文化的に見れば、ドイツは依然として、ドイツ語を話し、ゲーテの文学、カントの哲学、ベートーヴェンの音楽に愛着を持つ人びとの共同体であるが、(そうした国民的文化とどこかで結びついているかもしれない)民族イデオロギー的な要素を、「政治」の舞台に持ち込んではならないという“コンセンサス”が長年にわたって成立していたと見ることができる。
無論、現実の政治制度では、官僚機構などの面で戦前と継続している部分は少なからず残されていたが、少なくとも理念的には「非ナチ化」が戦後ドイツ政治の一貫した課題となっていた。保守系の政治家や知識人でさえ、ナチス時代の政治文化を部分的にでも肯定するかのような言動は回避してきた。ナチス=第三帝国のモデルになったとされるビスマルクの第二帝国についてさえ、肯定的に語るのは難しかった。ホロコーストという歴史的事実の重みがあるがゆえに、ナチズムを排するものとしての、現在の「憲法=国家体制」を愛し守っていこうとする論理が成立していたのである。
ハーバマスがノルテたちの修正主義を危険視するのは、これまで憲法愛国主義を機能させてきた、ホロコーストの重みを軽くして、戦争前の伝統的なアイデンティティを復活させようとしているように見えたからである。ハーバマスの憲法愛国主義にとって、ホロコーストの過去を歴史的に唯一的な出来事として記憶し続けることは、道徳的・倫理的な次元の問題にとどまらず、共和国の「憲法=国家体制」を防衛するという極めて政治的な意味を持っていたのである。こうした彼の考え方は、非ナチ化された国家の下で育ってきた(西欧型の)市民社会を守っていこうとするドイツのリベラル左派の信条を、哲学的に定式化し直したものと見ることができる。
このように、国民が選んだ――ということに少なくとも、形式的にはなっている――憲法を守ることをアイデンティティの基礎にしようとしている点に注目すれば、ハーバマスに代表されるドイツのリベラル左派の憲法愛国主義は、日本の革新勢力、社会党(現、社民党)や共産党が掲げてきた「護憲平和主義」と似ているようにも見える。確かに、憲法を基点にして左の側からの愛国心を立ち上げようとしている点は共通しているのだが、両者の間には大きな違いがある。それは、憲法愛国主義が、ナチズムの過去との決別に重点を置いているのに対して、護憲平和主義は、大日本帝国との決別よりも、むしろ憲法九条の戦争放棄に重点を置いていることである――ドイツの基本法では、国防軍の役割が明記されている。侵略戦争を引き起こした体制の復活に反対するのと、侵略戦争事態に反対するのは、“結果”的に同じことのようにも思えるが、その“結果”の背後にある思想はかなり異なっている。
すでに述べたように、日本国憲法では、戦前の「国のかたち」の最も核心的な部分としての天皇制が維持されており、日本の革新勢力が「護憲」を主張すれば、不可避的に、旧体制の痕跡をも保護する立場になってしまう。特に共産党は明確に天皇制に反対しているので、これは明らかに矛盾である。無論、革新政党の側には、そうせざるを得ない理由はある。少しでも「改憲」の可能性を示唆すれば、政権を握っている保守与党の側に、日本国憲法を平和憲法たらしめている九条を改正することを主目的とする「改憲」論議を書き精する為の口実を与えてしまうので、天皇制のことを黙認するという戦略を取るしかない、と彼らは一貫して主張してきた。彼らの価値判断として、九条を守ることが、天皇制を廃止して、過去と決別することよりも重要であったのである。
それだけではない。九条改正へと発展することを恐れる革新勢力は、あらゆる憲法条文の改正の可能性を拒絶するという態度を取ってきた。吉田茂(1878-1967)の流れを汲む保守主流派の間にも、自ら軍事力を行使して国の威信を示すよりも、アメリカの傘の下で経済成長に専念したほうが得策であるという考え方が強かったせいで、左右同床異夢の「九条を最優先しての護憲」という図式が今日に至るまで続いている。ドイツの場合、「基本法」の骨格は守りながらも内外の情勢に対応して部分的な改憲を何度も行っているので、特定の条文を神聖視するあまり、他の部分についても一語一句たりともいじってはならない、という意味の“護憲”はあり得ない。
こうした日本独自の文脈で形成された「護憲」の思想は、良く言えば、絶対的に「平和」に徹しているが、悪く言えば、一国平和主義である。たとえば日本の伝統的な「国のかたち」を温存することになったとしても、結果的に戦争に巻き込まれなかったら、それでいいわけである。韓国や中国が、日本における軍国主義の復活を警戒しているせいもあって、これまで、一国平和主義がうまく機能してきた。四十年にわたって東西対立の最前線にあり、周辺で戦争が起これば絶対に巻き込まれてしまう位置のあったドイツでは、たとえ左派でも、一国平和主義的な立場を取ることが困難だった。(引用終了)
まとめと解説
憲法愛国主義とは以下のようなものであるといえよう。
・憲法愛国主義は、少なくともドイツの「基本法」に基づいた憲法論によって、明確に立証可能な考え方である。
・憲法愛国主義は、ナチスと決別し(西欧型の)市民社会を成立させた戦後ドイツ国家体制を、愛し守り抜こうとする考え方である。
・憲法愛国主義は「私たち=国民」の合意に基づいて制定された「憲法=国家体制」に対して、「私たち=国民」は忠誠心を尽くすということが中核である。
・憲法愛国主義は伝統的アイデンティティを否定し、国民が国家制度を主体的に選択し、その合意に忠誠を示す国民的アイデンティティを肯定するものであり、これをハーバーマスはポスト伝統的アイデンティティと呼ぶ。
・憲法愛国主義の下でも、憲法改正は可能である。
さて、伊藤真塾長のおっしゃるように、ハーバーマスの憲法愛国主義を完全になぞって日本に「憲法9条愛国主義」を実現させるとなると、現実には大変な困難が予想される。つまり、以下のようなことを実現させなければならないであろう。
・日本国民による日本国憲法の全条項の信任・不信任投票。(憲法愛国主義は国民による意思の反映が大前提であるため)
・天皇制の廃止。(憲法愛国主義は伝統的アイデンティティを否定している為)
・憲法9条を国民的アイデンティティにすることに対する信任・不信任投票。
以上を実行して、憲法9条が改廃する、または天皇制が温存される、あるいは憲法9条を国民のアイデンティティにすることを否決されてしまったのならば、憲法9条愛国主義はオシャカである。とはいえ、少なくとも鈴木邦男氏の協力を仰ぐことは、些か難しいであろう。
また、憲法愛国主義を提唱するハーバーマスは、左派の側から明確に国家像、国家体制、国のかたちというべきものを定義している。つまり国家という概念を前提に論述しているのである。その一方で伊藤塾長は、「私は、特定の国家への帰属を意味する国籍や国民という概念自体、最終的には不要になればいいと思っていますが」というようにいわばアナーキズム的な理想を抱いている。
勿論、思想を語ることは各々の自由であるのだが、私が見る限り、伊藤塾長には「日本の国家体制とはこうである」という強いヴィジョンがみられない。これが国家という概念を前提にするか、それとも不要とするかの違いの表れなのであろう。
だが、それでは「愛国主義」は語れないのではないだろうか?
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(シャンチーライと読んでください。中国語で「思いつく」)「マガジン9条」創刊以来の関わりですが、今は特に担当はありません。関心があるのは、肩こり、眼精疲労、腰痛をどう治すか。北京五輪に行くかどうか、迷ってます。好きな食べ物は、りんごとおせんべい。
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